『紙の動物園』を読みました。
少なくとも,僕がここ数年読んだ本の中ではトップクラスによかったです。短編集だけど,どの話も素晴らしかった。思想というかアイデアに寄ったSFで,むしろファンタジーと言ったほうが適切に思える話も多いんだけど,アイデアとその広げ方・深め方が秀逸。諦観と寂しさと人間への愛情が薄皮越しに接し合っているような世界観も好き。
今、ケン・リュウの『紙の動物園』を読んでるんだけど、すごい作家に出会ってしまったという確信に至りつつある
— muno@本と山 (@muno_blog) October 8, 2019
これはすごい
読んでるとき。
各短編の簡単な感想を書く。
『紙の動物園』
表題作。母親と息子の出会いと別れの話。
こういう話は大変ずるい。母親との距離感の変遷や,それに伴う母親の悲しみを見せられるとどうしても悲しくなってしまう。全人類に刺さりそうな話。
SFではないけど。心のど真ん中を攻撃してくるファンタジー。
『月へ』
正しさの話。亡命を希望する中国人父子と,それを助けようとしている女性弁護士との間の真実は何か。
短くてよくまとまっている話だと思うし,この人だからこそ書ける話なんだろうとも思うけど,この短編集の中では特別な話ではなかった。
『結縄』
現代社会と前工業社会の技術の話。
核になっている発想がすごい。安易に「現代社会はさもしいな」的な気持ちになってしまいそうになったけど,それが正しい受け取り方かは微妙。
結構好き。
『太平洋横断海底トンネル小史』
日米間に海底トンネルが引かれたという架空の歴史にまつわる話。
話の作りは比較的ありふれたもののように思うけど,「海底トンネルを作った」という1つの出来事から分岐した世界の膨らませ方がすごい。
全体を通じて,地下トンネルという舞台に合致した,暗さと力強さを併せ持ったような雰囲気がある。よい。
『心智五行』
頭で考える人類と腹で考える人類の話。
ワープ航法(のようなもの)で航行する宇宙船から遭難し,惑星に不時着した女性宇宙飛行士と,はるか昔に相対論的速度の宇宙船で地球から脱出し,その惑星に定住していた一族の子孫である男性の,ガールミーツボーイ的な話で,ある意味ではとてもSF的。
個人的に,この本の中でもベスト。中国の五行思想と,体内バクテリアとを結びつけるアイデアがエレガント。
科学の正しさを問うような構造になっているんだけど,それに恋愛感情を直接絡めていて,非常にロマンチックだった。
訳者のあとがきには「クラシック」「古風」と書かれていたけど,SF的教養がないのでわからない。
『愛のアルゴリズム』
人間とアルゴリズムは区別がつかないという話。
人間は本当に思考しているのか,ただの物理的現象に過ぎないのか,という話はよく語られるものだし,全体的にとてもわかるという感じ。
主人公の考えはよくわかるので普通に面白かったけど,落とし所はやや陳腐でしっくりこない感じがした。
『文字占い師』
異国にやってきた少女と,そこで出会った2人の友人の話。
他の短編にも,中国の歴史や政治情勢が絡められているものは多いけど,この話は特にその色が強い。過度に政治的かつ露悪的という感じがして,個人的にはあまり好みじゃなかった。
作中で取り上げられている「文字占い」も,チープな感じがしてしまった。
面白くなかったわけではないんだけど,この短編集の中では一番好きじゃない話だった。
『心智五行』と『紙の動物園』のインパクトがすごくて,完全にやられてしまった。
2巻目の短編集である『もののあはれ』にはよりSF色の強い作品が多く収録されているようなので,絶対に読む。
SF的要素の強い『心智五行』や『結縄』が,論文として発表されている研究成果をきちんと参考にして書かれているのも嬉しい。
表題作がはまれば一気に全部読んでしまうと思うので,ぜひ試してみてほしいです。