本と山と東大生活

理系東大院生の読書日記とそのほかいろいろ

修論発表が終わったので大学院生活を振り返る

先日、修士論文の審査会を終え、修論作業が完全に終了しました(厳密には、まだ修論の修正・再提出が残っていますが)。

審査会ではそこそこクリティカルな質問をびしびし食らい、炎上というほどではないにせよ厳しい意見も多くいただきましたが、おそらく審査は通過するでしょう。博士課程に進むわけでもない修士の学生を厳しく審査する意味はあまりないので(それでも審査を通らないようなあまりにも酷い研究は、そもそも指導教員からOKが出ません)。

 

せっかく修論審査が終わったので、修士での研究生活を簡単に振り返ってみたいと思います。

修士課程への進学率は 5 %とも言いますし、大学院生が何をしているのかよく知らないという人も多いと思うので、なんとなく知ってもらえれば嬉しいです。

 

M1 夏学期

入学当初の半年間。M1というのは修士課程 1 年生のことです。修士は英語で Master なので。ちなみにB1は学部(bachelor)1年生、D1なら博士(Doctor)1年生。

論文を読み漁る

大学院に進学する際に研究室を移動しなかった人は学部生時代から研究テーマを大きく変えないことが多いと思いますが、僕は研究室を変えたので、新たなテーマを決めるところから始まりました。先輩の修士論文などを中心に、色々な論文を読んでやりたいことをざっくり決めていく感じ。

「読み漁る」というのは誇張表現で、ぶっちゃけあんまりたくさんは読んでいませんでした。家から研究室が遠くて、早くも研究室をサボりがちに。人間関係の構築もうまくいかず。

 

M1 冬学期

12月頃に中間発表その 1 がある。自分の研究内容を発表するものではなく、サーベイ(論文を読んである分野の研究動向を調べること)結果をまとめるものなので、これを通して研究テーマを固めましょう、という感じ。したがって、秋は論文をたくさん読んで知見を深めなくちゃいけなかったのですが……。

研究室に行けなくなる

9 月頃を境に、全く研究室に行けなくなってしまいました。

大きな要因は 2 つ。研究室内ミーティングで卒論の内容を発表した結果、白い目で見られたこと(僕の卒論は客観的に見てゴミだったので残念ながら当然の反応でした)。通いやすくなるように引っ越して一人暮らしを始めたことが裏目に出たこと(家族の目がなくなり、引きこもりに拍車がかかりました)。

研究室に行かず、家で虚無をしていたため、研究は全く進みませんでした。論文を入手するためには研究室に行く必要がありますし、そもそも毎日お気持ちがアレになっていたので家でも何もできませんでした。

結果、中間発表は欠席。さらに、引きこもって授業に出なかったことが祟って留年が決定しました。

 

M2 夏学期

2 年生。年度が始まる前に中退も検討しましたが、頑張って卒業を目指すことに。

本来なら、年度始めに中間発表その 2 がありますが、僕は前年度にその 1 をぶっちしているためこれはなし。その 1 (サーベイ発表)に向けて準備します。

サーベイ発表

4 月、なんとか研究室に復帰して論文を読み始めました。研究室には通えるようになったものの、半年間の引きこもり生活で色々な力が落ちていて、準備は思うように進みませんでした。

それでも少しずつ続けていましたが、体調を崩して数日休んだことをきっかけにスケジュールが崩壊してお気持ちになり、6 月中旬の発表をまたしても欠席。

このあたりのことは、下記の記事に詳しく描きました。

www.i-think-i-can.net

 

しかしこのあと、どうにか持ち直すことができ、再度延期した 7 月に発表をすることができました。

テーマも決まり、ようやく研究が転がり始めます。

 

M2 冬学期

普通であれば、この学期を終えると同時に卒業ですが、僕は半年遅れで研究が進行。このタイミングで発表その 2 (修論中間発表)をおこない、M3 の秋に修士論文を出すことになりました。

修論中間発表

研究テーマの大枠が決まったので、まずはどのような手法を提案するかを検討しました。工学系の研究の場合、何かの役に立つような新しいアルゴリズムやら機械やらを提案することが基本的な目的になります。

提案手法がとりあえず固まったあとは、その効果を確認するためのシミュレーションプログラムを実装。その結果をもとに中間発表を構成しました。今にして思えば、最終的な研究内容とはかなり違ったものでしたが。

サーベイ発表と比べれば、全体的に危なげなく乗り切ることができ、少し自信を取り戻すことができました。

またしても停滞

中間発表後、行政書士試験を(趣味で)受けるために少し研究室をお休み(試験は 6 点足りずに落ちました)。それをきっかけに、また研究室から若干足が遠のき、研究が停滞してしまいました。大体 11 月から 12 月くらい。

学会発表に向けて論文執筆

1 月になり、さすがにまずいので研究室復帰。同時に、先生から「この学会に出したら?」という案内をされました。

うちの専攻では、修士を取得するためには、論文投稿や学会発表による対外発表実績が最低 1 つは必要というのが(暗黙の)ルールになっています。修士論文を書くだけでは卒業できないということです。修士課程は、研究者を育てる第一歩目となるべき場所なので、このような条件を設定しているところは多いと思います。

というわけで、改めて手法を組み立て、結果を出し、国内会議へ論文を投稿しました。これが僕の唯一の発表実績です。

就活開始

3 月に入ると、就活が解禁。出版業界と研究分野に近い業界とで迷っていたため、とりあえず両方のイベントに顔を出していました。出版社の ES は基本的に手書きな上に面倒なものが多く、苦戦しましたが、本確定な選考はまだ。

 

M3 夏学期

就活に修論提出と、大きなイベントが目白押し。

就活終了

3 月の活動の結果、出版社に行きたい気持ちがなくなり、専攻に近いメーカー一本で就活をすることに決めました。それに伴い、専攻の推薦を使って就活をすることになり、かなり早く就活にケリをつけられました。行きたいところに行けたので良かったです。

出版業界に絞っていた場合、おそらく 7 月まで就活が続いていたので、修論が厳しくなっていたかもしれません。それを理由に就活の方針を決めたわけではありませんが、結果的には楽になりました。

学会発表

前年度に投稿した論文をもとに、内容を少し拡充して、ポスター発表。でかい会議場の中にポスターを掲示して、その前で待機し、見に来てくれた人と直接話す形式です。

修士 3 年目にもなって学会に出たことがなかったので、非常に緊張しましたが、終わってみれば楽しかったです。小旅行できたし。

修論執筆

7 月に入ったくらいで、およそ結果を取り終えたので、修論執筆を開始しました。うちの専攻では、最低でも 60  ページくらいは書けという(暗黙の)レギュレーションがありましたが、図をぶちみまくった結果、7 月中旬にはこれを突破。提出締切は 8 月の半ばでしたが、約 1 ヶ月前には初稿が完成していたので、思っていたよりだいぶ余裕のあるスケジュールで進めることができました。このあたりのことは下記の記事にも書いています。

www.i-think-i-can.net

 

ここまでの 2 年半で、スケジュール的に追い込まれた状態の自分に対する信頼を完全に失っていたことがいい方に働いたように思います。内容はさておき、執筆自体は非常に順調でした。

卒論は word で書きましたが、修論執筆には LaTeX を使いました。やや取っ付きにくいけど、慣れればきれいな文書が作れるので好き。あと、環境構築なしでオンラインで LaTeX を使えるので、Overleaf は神。

修論発表

論文の執筆が順調だったので、発表準備にもそれなりに時間をかけることができました。

結果、発表に関しても最低限の準備はかなり早い段階で終わっていましたが、そこからモチベーションを保つのが大変でした。やることが積み上がっている状態ではなく、完成品を点検してやるべきことを探していく段階に入ってしまったばっかりに、手を動かすのが面倒になってしまいましたが、どうにか最後まで改善を続けて自分なりに納得いくものにできたと思っています。

スライドの体裁には割とこだわったのですが、きれいっぽくみえるように薄めのパステルカラーを多用したことが仇になり、プロジェクターで投影するとかなり見にくくなってしまったことが反省点。

ところで、修論や博論の審査会のことを、英語で "Defence" と呼びます。審査会では厳しい質問を浴びせられることも多いですが、その中で自分の研究を防衛するという意味です。もちろん博士論文の審査と比べれば修士論文など児戯に等しいのですが、それでも、20分の発表に対して20分間質問をぶつけられるのはきつかったです。基本的に先生方は戦闘民族なので、初めて聞いた発表に対しても的確な Offence を繰り出してきます。怖すぎ。

しかしそれをなんとか乗り切り、今に至ります。終わったあとは、達成感や開放感よりも疲労のほうが強かったです。

 

2 年半を終えて

一言で言えばきつかったです。研究室はサボりがちでしたし、研究上のタスクは少なめの分野(実験の多い化学系や生き物が相手の生物系は特に大変だと思います)でしたが、研究室内の人間関係に失敗したことと、常に何かに追われているような感覚が抜けないことがしんどかった。前者に関しては完全に僕のせいですが。研究というものはプライベートと仕事との境界が曖昧になりがちな上、「修士論文に向けた研究」という大きなものが常に存在しているので、なんとなくいつも息苦しいような感覚があったように思います。

社会人になったら、また別のつらさがあるんだとは思いますが。やってらんねぇな。

理系の学生は大学院に進学する人も多いですが、周りに流されてなんとなく院進するのだけはやめたほうがいいです。研究室というのは特殊な環境で、そこから失踪してしまう人というのも意外に珍しくはありません。そうでなくとも、研究というものは根本的にかなり大変です。しかし、世間からは「いい歳して学生」みたいな見方をされることもあります(これは被害妄想も入っています)。貧乏生活を強いられることにもなります。

研究が好きか、将来の進路のために修士が欲しいか、何にせよ大学院に進学する理由があればいいのですが、そうでないならばよく考えて決めたほうがいいと思います。

もちろん、(研究室によりますが)社会人に比べれば時間の自由は効きますし、「モラトリアムの延長」的な側面が全くないわけではありません。うちのようにコアタイムのない研究室であれば、昼過ぎに行ったり多少サボったりしてもまあ大丈夫ですし。

 

僕は大学院に来たことを後悔してはいませんが、この 2 年半で特に何かを得ることはできなかったな、という感覚があります。大した研究はできなかったし、引きこもった半年間で失ったものをどうにか取り戻してトントンにしただけで終わってしまったような気がしています。

しかし、もし学部卒で就職していたり、大学院を中退したりしていたら、きっと研究というものに対して大きな劣等感を抱いたままだったと思います。今もその劣等感が消えたわけではありませんが、学会発表を経験し、修論を執筆し、研究らしいアクティビティをある程度することができて、幾分和らいだように感じます。そういう点で、この 2 年半にも意味はあったのでしょう。

 

盛大に自分語りしてしまいましたが、そろそろ終わろうと思います。

すっかり卒業するようなテンションでここまで書いてきましたが、実は後期も授業が残っています。まだ卒業が決まったわけではないので、油断しないようにいきたいと思います。

 

また卒業が決まったら、うだうだとそれらしいことを書くかもしれません。