本と山と東大生活

理系東大院生の読書日記とそのほかいろいろ

修士論文を書いてわかった “Done is better than perfect.” のもう一つの意味

昨日,修士論文を提出しました。

まだ発表が残っているので修士での研究が終わったわけではありませんが,ひとまずほっとしています。

1 年半前には,留年が決まって中退まで真剣に検討していたことを考えると,我ながらよくここまでこぎつけることができたなぁと思っています。修士課程の学生が研究して修論を書くのは当たり前なんですけどね。

 

実は今回,締切の前日に提出することができました。それどころか,1 ヶ月前には初稿が完成し,そこからさらに内容を充実させて2 週間前に第 2 稿,1 週間前には第 3 稿が書きあがるなど,終始順調に進みました。我ながらびっくり。

あまりにも余裕があったので,提出の前日(締切の 2 日前)の夜には,『魔法少女まどか☆マギカ』を一気見したほどでした。

 

この体験を通じて,“Done is better than perfect.” という言葉について考えたので,今回はそれについて書きます。

 

Done is better than perfect.

Facebook の創始者であるザッカーバーグの名言として広く知られている言葉です。ザッカーバーグが本当に言ったかどうかは諸説あるようですが。

直訳すると,「完了させることは完璧よりも良い」。「完璧を目指すよりまず終わらせろ」と訳されていることも多いかもしれません。「たぶん動くと思うからリリースしようぜ」という粋な訳も見かけました。

元々は Facebook の社内で使われていた言葉であることからも,

「完璧なサービスを目指して時間をかけるよりも,さっさとある程度動くようにしてリリースし,それから改良していくほうが効率的である」

というのが基本的な意味だと思います。

「まず終わらせる」ほうがサービスを作る上で重要であり,それができる人は完璧なものを最初から作る人よりも評価される,ということでしょう。

一方で,「まず終わらせる」ことは,自分自身にとっても重要であると,修論執筆を通して思うようになりました。

 

なぜ “Done” が重要か

自分にとって「まず終わらせる」ことがなぜ重要なのか。

それは,精神的に大きな余裕ができるからです。

 

今回,修士論文を書くにあたって,「一応提出可能なもの」を作るところから始めました。とりあえず図をぶち込みまくってページ数を増やして,全部の章に最低限必要なことを書きこんで,体裁を整えて,内容がしょぼくても最低限提出できるものを作ろうとした結果,締切 1 ヶ月前には 60 ページほどの論文が完成しました。これが初稿です。

こうして,「提出可能なもの」を完成させてしまうと,すごく安心するんですね。

 

ここ 2 年くらい,気持ちがうまく整わなくて,輪講発表や研究室内発表から何度も逃げ出してきました。そのせいで留年もしました。

というのも,直前期に追い込まれた結果,頑張ろうという気力が湧かず,準備を完遂できなかったから。

学部生の頃は,むしろ締切直前にならないと火がつかないタイプで,テストもレポートも卒論も,直前の追い込みでどうにかしてきました。

しかし,ここのところの僕は,火がつくよりも先に精神的に落ち込んでしまい,その結果何もできなくなって逃げだすようになってしまいました。

そこで今回は,なるべく計画的に修士論文を書き進めようと一念発起してみました。

 

そうして初稿を完成させてみると,あとの 1 ヶ月は非常に気持ちが楽でした。もちろん,加筆修正や結果の取り直しなどの作業は普通にきつかったですが,「最悪提出はできるしな」と思えたので精神的に追い込まれることはなかったように思います。

その結果,第 2 稿,第 3 稿も順調に書き上がり,それなりに納得のいく論文を余裕を持って完成させることができました。自分でも信じられないような思いです。

 

“Perfect” でなかったとしても “Done” してしまうことは,精神衛生的にも非常に有効で,結果的に作業が捗って “Perfect” に近づくことが出来るようです。

 

最後に

この気づきは自分にとって非常に重要なものになると思ったので,このように文章で残しておくことにしました。この記事は自分用のメモみたいなものです。

どうしてもギリギリになっちゃうこともあるだろうけど,忘れるなよ。