『さよなら私のクラマー』
『四月は君の嘘』の新川直司による、女子サッカーマンガです。
動きの少ない題材を扱った前作の雰囲気と、女子サッカーというやや捻ったチョイスから、サッカーを添え物にした学園マンガみたいのを想像していましたが、その想像は大きく裏切られました。
1話冒頭近くのこのシーンでいきなり「これはちょっと違うぞ」と思いました。ボールを蹴るシーンがサマになってるんですよね。サッカーを描ける人だな、と思わされました。
というか、僕もこの作者は『四月は君の嘘』で知ったクチなんですが、それよりも前にサッカーマンガを書いていたんですね。失礼しました。
秀逸なサッカーの「動き」
さっきのシーンもそうだけど、全体を通じてサッカーしているシーンに驚くほど違和感が少ないんです。
僕は高校時代までずっとサッカーをやってまして、まあ少しはサッカーを知ってるつもりなんですが、世のサッカーマンガには「ボールを蹴る」シーンに違和感がある作品が結構多いんですね。
個人的にその代表格だと思ってるのは『エリアの騎士』。あんまりいいシーンが見つからなかったんですが、例えばコレ。
なんか違うんですよねー。もちろんボールを蹴ってるっていうのはわかるし、とんでもなく変ってわけじゃないんですが、微妙に違和感を覚えます(『エリアの騎士』を悪く言うわけじゃなくて、良さの違いです)。
たぶん、『さよなら私のクラマー』は、動きの中の一瞬を切り取るのがうまいんだと思います。一連の動きの中での体の傾きとか、体重の感じとか。ヘタに集中線とか使わなくても、動いてる感、プレーしてる感があります。
これとか。
これとか。
たぶんサッカー雑誌とかを参考に書いてるんだと思うけど、それにしてもすごい。作者の人がサッカー好きなんだなーっていうのが伝わってきます。
この「体重移動でディフェンスを振り切る動き」もすごく丁寧です。
裏への飛び出しも好き。
ロベカル的な弾丸ミドル。いいね。
どきどきする演出
『四月は君の嘘』を彩ったこの人特有のどきどきする雰囲気はそのまま引き継がれています。この人の演出はなんでこんなにどきどきするんでしょうね。「ドキドキ」じゃなくて「どきどき」なんです。
こういうシーンとか。
これもそう。本当に見開きがいいんです。
『四月は君の嘘』でもそうでしたが、元気いっぱいでコミカルに進む通常営業のシーンの中に巧みにエモいカットが差し込まれるんですよね。そのバランスが素晴らしいです。
サッカーの戦術描写
単行本5巻時点でしっかり描写された試合は2試合ありますが、いずれも戦術的にもちゃんとリアルに描かれていると感じます。僕も最近のサッカー事情には疎いので自信はありませんが、読んでる限りトンチンカンなことは言っていないように思います。
1試合目の久乃木戦はカウンターサッカーVSポゼッションサッカー。次の対戦相手の浦和邦成は、現チェルシー監督のアントニオ・コンテによる戦術を使ってきます。3-4-3のシステムからサイドハーフの前後へのハードワークで数的優位を作り、それによって生じるスペースはボランチが補う。コンテは近年のユベントス3連覇やチェルシー立て直しで名を売った旬な監督で、作者のサッカー愛が垣間見えます。
戦術とは関係ありませんが、サッカー用語もぽんぽん出てきます。ドッピエッタとかドッペルパックとか、サッカー経験者でも使わねーよって感じだけど(どちらも1試合で2得点することです)。イタリア的戦術を敷く浦和邦成がドッピエッタ(イタリア語)って言ってたのは細かいなーと思いました。
『さよならフットボール』との関係
『四月は君の嘘』以前にこの作者が描いたサッカーマンガが、『さよならフットボール』です。『さよなら私のクラマー』を読んでからこっちも読んでみました。
『さよならフットボール』の主人公である恩田希は、『さよなら私のクラマー』でもメインキャラ扱いで登場します。『フットボール』では男子サッカー部に所属し、どうにかして公式戦に出ようとあがいていましたが、『クラマー』では蕨青南高校に進学して女子サッカー部に入りました。
恩田以外にも、親友の越前や男子サッカー部で一緒だったテツやタケ、対戦相手だったナメックも登場します。越前以外はほぼ日常パート限定のチョイ役ですが、昔からのファンには嬉しいかもしれませんね。
タイトルについて
クラマーっていうのは、日本サッカー界の伝説的な指導者の名前なんです。日本サッカー黎明期にやってきた初めての外国人指導者で、「日本サッカーの父」と呼ばれています。
この作品において、主人公たちのチームに指導者は2人いますが、いずれもまだそんなに存在感があるわけではありません。
コーチの能見さんは元日本代表のレジェンドで、実質的にチームを指揮していますが、なんとなくキャラクターとして掘り下げられることはあまりなさそう。狂言回し的な印象が強いです。
監督?顧問?の深津先生は実力ある監督らしいですが全くやる気を出さず、指導も全然していません。掘り下げられるとすればこっちのような気はしますが、今のところまだまだです。
今後、「さよなら私のクラマー」の意味はわかるんですかね。
女子サッカーのあり方
こんな見開きがあったりして、日本における女子サッカーへの問題提起もなされているように見えます。ワールドカップで優勝して一度盛り上がったけど、プロクラブも少ない、育成の土壌もない、みたいな。
ただ、それはたぶん本筋ではないでしょう。
この作品に登場する選手たちの中には、「自分たちが女子サッカーを盛り上げるんだ」という使命感や危機感を持った子が多くいます。が、作者は深津先生にこう語らせています。
たぶんこれが作者の姿勢というか、意志でしょう。蕨青南高校の女の子たちには楽しくサッカーしてもらいたいんだと思います。
以上!
まあつべこべ言わず読んでみて!
ちなみに僕は曽志崎が大好きです。