本と山と東大生活

理系東大院生の読書日記とそのほかいろいろ

研究と勉強のちがい

理系の大学生の多くは、3年生か4年生になると研究室に配属され、研究に励むことになります。

当然それまでは授業を受けて勉強しているわけですが、「勉強」と「研究」は似ているようで全く別物です。勉強はできたけど研究に行き詰まって留年・中退してしまうような人もいます。

僕自身も、研究室に配属されるまではどうにか(少なくとも留年しない程度には)うまくやってましたが、B4(学部4年)になってから研究が全くうまく進められず、卒論提出2ヶ月前くらいに大学に行けなくなったりしました。結局、卒論はなんとか乗り切りましたが、修士になってからまた不登校になって留年しました。

その辺の話は、前に詳しく書いてます。

 

www.i-think-i-can.net

  

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今回は、研究と勉強は何が違うのか、何が僕を苦しめたのかについて書こうと思います。

 

自分で価値を生まなければならない

勉強というのは、既にあるものを理解すればいいわけです。

文章を読み解く、歴史上の事件を覚える、定理や法則を使いこなす。色々ありますが、授業を聞くなり教科書を読むなりして、きちんと理解・記憶すれば評価されます。

 

研究においては、「新規性」が求められます。

先行者の研究を理解することは前提で、そこにはない価値を持った研究でないと認められません。

 

だからそもそも、研究テーマを決めるのが大変。担当教員からテーマが降ってくるタイプの研究室もありますが、基本的にはどんな研究がしたいかを自分で決めることになります。先行研究を調べ、新規性があって自分が興味を持てるテーマを考えるのには、なかなか時間がかかります。

 

テーマだけに限らず、明確な答えがない中で能動的に方針を立てなければならない、という点は、勉強にはない難しさだと思います。

要するに、やることが決まっていないんです。自分で決めなければいけない。これが難しい。

やることが決まって作業なり実験なりをしている間は、作業量的に大変な思いをしても、ある程度先が見えているので楽です。これからやることを考えている間が一番きつい。

 

発表機会が多い

課題や試験などが基本的に存在しない代わりに、研究の世界では人前で発表を行う機会が多くあります。

 

一番身近なところでは、研究室内での進捗報告。大抵の場合、研究室では、各自の研究内容や進捗状況を共有するため、定期的なミーティングが開かれます。

こういった場では、「自分がどんな研究をしているか」「今どういう作業をしているか」「今後はどのように進める予定か」「今詰まっていることや、相談したいことは何か」といったことを、順序よく説明する必要があります。同じ研究室のメンバーといっても、1人1人は別々の研究を進めており、自分の研究をやっていることを正確に把握しているのは自分だけだからです。

ラボ内での発表ならそんなにプレッシャーはかからないかもしれませんが、プレゼンに苦手意識がある人は辛いでしょう。

 

もう少し大きいところでは、卒論や修論の中間審査・最終審査。他の研究室の学生や先生方も見に来る上、卒業や修了の可否に直接関わってくるので、当たり前ですが結構きつい発表です。クソい発表をするとボコボコにされることもあります。「素人質問で申し訳ないのですが…」ってやつ。

 

更に大きいものだと、学会での発表。残念ながら僕は未経験です(修士学生としてはそこそこやばい)。いわゆるプレゼンの形でやる口頭発表と、ポスターを掲示してその前で割と自由にしゃべるポスター発表とがあります。

 

何にせよ、自分より優秀な方々の前で自分の研究を発表する機会が多いので、実りがある一方で厳しい目に晒される緊張感もつきまといます。自分の研究に自信がある人、厳しい質問とも対等に殴り合える人はいいんでしょうが、僕は常にしょぼい研究内容のしょぼい発表を繰り返してきたので、いつも炎上しないかビクビクしていました。「質疑応答の10分間燃えれば終わるから…」って自分を勇気づけてました。

課題や試験だったら、結果は成績として返ってくるので、先生と直接顔を合わせてダメ出しされるってことがないんですよね。そういう意味で、発表機会が多いのは残酷です。

 

コミュニケーション力が必要

ステレオタイプなイメージとして、よく「理系はコミュ障が多い」と言われます。

人と仲良くなる、場を盛り上げる、といった能力を「コミュニケーション力」とするならば、そのイメージはある程度的を射ているかもしれません。文系と比べて、理系はそういった人付き合いをやや苦手とする人が多い傾向にあるような気はします(文系・理系と分けて考えること自体バカバカしいことですが)。

 

ただ、そういった「コミュ力」とは少し違った意味で、コミュニケーションをとる力は研究生活において必要不可欠です。

研究で求められるコミュニケーション力は、簡単に言えば「人に聞く力」

研究は自分で進めるものと言っても、1人ではどうしても行き詰まることが出てきます。そういうときに、研究室の先輩・同期・後輩や先生に、自分から相談することができるか。

別に研究室メンバーと友達になる必要はありませんが、お互いの研究の話をできる関係性を構築することはとても重要だと思います。また、先生方はお忙しくてなかなか相談できない場合もありますが、そういう状況でも何とか捕まえて話すことで、研究がぐっと進むこともあります。

 

残念ながら、僕は半年近く不登校の引きこもりをやっていたせいで、研究室メンバーと大変気まずい感じの関係になってしまいました。もしかしたら、他の人は僕のことなんて気にしてないのかもしれませんが、迷惑もたくさんかけたし、僕の方にはかなりの引け目と劣等感が残ってしまいました。

もはや研究の話をすることが怖くなってしまって、研究室では誰とも話したくありません。常にイヤホンを突っ込んで、話しかけられないように祈っています。情けなくてたまに泣きたくなります。

研究室は閉じた狭い世界なので、一回こうなっちゃうと割としんどいです。自分が悪いんだけど。研究室が合わなくて行かなくなっちゃう、って人は案外いるらしいです。

こうはならないように。

 

 

なんだか書いてて悲しくなってきたので、これで終わります。また新しいツラミウム(辛い要素)が出てきたら加筆するかもしれません。